そんなことで変わるような気持ち
ギャァァ〜なアレ
2011-12-28
が、例の騒動の相手方のイラストだったようですが。せっかく相手が時間をかけて描いてくれたものを
「ギャァァなアレ」なんて呼ぶのは人としてどうなんだろう。
もちろん「それくらいビックリするものだよ!」って冗談なんだろうけど、
巨匠が真摯な姿勢で描いたものに対して
こんな呼び方をするのは失礼極まりないと思う。
こういうノリわからなさそうだし、
腫れ物扱いされたと思われても仕方ないんじゃないの?
タグ :
区別
クリスマスケーキ
ありがとうを数えよう
2011-10-20
「太陽にありがとう」「空気にありがとう」とか言ってるけど、これは
「生きているって素晴らしいよね楽しいよね」
と人生を謳歌してる人間の余裕というか。
この世界をどうでもよく感じるならば
「生かされてるんだね」なんてありがたく思うどころか
「なんで生まれてきてしまったんだ」
「この世なんてなくなってしまえばいいのに」
なんて思ってしまうわけで。
「生きていることが素晴らしいと感じられる」
という前提に立つためには、
「そばにいてくれてありがとう」と思える人が必要で。
太陽とか空気にありがとう、というのはその後の話なんだと思う。
太陽や空気がなければ「大事な人」というのも存在しないけれど、
「大事な人」がいなければ太陽や空気に感謝することもないんじゃないかな、なんて思ったり。
タグ :
ツイッターっぽく
昼は私の戦場です
2011-10-08
堅苦しいことを言うようだけど、この内容は歌っちゃいけないような気がした「ヒルナンデスー」。
というのも、これは
「自分の欲が満たすためならば、誰を傷つけても構わない」
という内容だからです。
これまで歌ってきた話と矛盾しちゃう。
「そんなーお昼ご飯の話ごときでー」
って思われると思うんだけど、例外は作っちゃいけない。
何が「ごとき」で何が「そうでない」のかがわかんなくなっちゃう。
「譲り合う気持ちこそが大事なんですー」
って歌ってるなら、どんな状況でもそれを貫くべき…
というか本当に思ってるならランチであろうとなんだろうと
こういう争奪戦には眉をひそめてしまうと思うんだけどなぁ。
「誰かと戦えと言われても僕は絶対戦いたくない!」
※ただし言いがかりつけられて自分の身が危なくなったときは除く
「誰かを思いやる気持ちが大事だよね。」
※ただしどうしても食べたいランチに関しては除く
都合のいいときだけ「※ただし」では、ただの「カッコイイこと言いたい人」になっちゃうよ。
タグ :